最近、知人から某大手生保の生保レディにならないかと誘われているとの相談を受けました。
スーパーや公園で、あるいはハローワークや転職イベント会場の近くで生保レディにスカウトされた経験を持つ女性は多いのではないでしょうか?
実は諸事情から各社、生保レディの採用に非常に力を入れています。なので、色々な人に「一緒に働きましょう」と声をかけているのです。
正社員、頑張った分が給料に反映、福利厚生が充実、時間が自由、子育てとの両立がしやすい…
会社説明会等では仕事のメリットを強調して説明されます。
「そんなに待遇いいならやってみようかな?」
そう思う人も少なくないはずです。
「生保レディは大変だと聞くし…待遇が良すぎるのも何か怪しい…」
と迷っている人もいるはずです。
迷っている人は、一度、挑戦してみるのも悪くはないです。
生保レディを何社か経験した人や自己破産や債務整理を5年以内にした人、反社以外の女性なら誰でも採用されます。
あくまで私の体験ですし、主観もたっぷりですが、参考資料の一つとして、この記事をお役に立てていただければ幸いです。
生保レディ誕生の背景
日本には42社の生命保険会社があります。そのうち生保レディがいるのは漢字系生保と呼ばれる9社+α。漢字系生保とは社名が漢字で、長い歴史を持つ生保会社。このうち大手4社と呼ばれる会社は日本有数の大企業。新卒就職ランキングの常連で、新卒総合職での入社は超難関。一流大学出身者しか採用されませんし、学閥だって存在します。大手4社には入らない会社だって、大企業ですし、新卒総合職だと簡単には入れません。
そんな一流企業なのに、営業職として入社するのはザル採用。基本女性であれば誰でも採用されます。他の業界では考えられないのではないでしょうか?その背景の一つに生保レディ(保険外交員)誕生の背景があります。
生保レディ(保険外交員、保険のおばちゃん)が誕生したのは、戦後間もない時期です。当時日本には戦争で夫を失った戦後未亡人があふれていました。そんな戦後未亡人に手を差し伸べたのが、生命保険会社でした。彼女たちを営業職で採用したのです。
働く女性が少なかった時代です。女性を採用する会社が少なかった時代に、女性を中心に採用してくれる会社の存在は、ありがたかったことでしょう。沢山の戦後未亡人が生保会社に採用されました。
女手一つで子どもを育てないといけない戦後未亡人たちは、友人知人に営業をし、沢山の契約を貰いました。契約を沢山もらえれば、男性以上に稼ぐことができます。子どものため、自分のために奮闘した戦後未亡人たちの活躍で、生命保険会社は大躍進しました。
こうして、日本では保険の営業=女性(それもおばちゃん)というのが定着したのです。
ちなみに生保レディというか保険のおばちゃん、というと「日生のおばちゃんCM」を思い出す人も多いのではないでしょうか?古き良き時代の生保レディです。
子どもの頃から実家を時々訪ねてきて、進学の際などには一緒に祝ってくれる…そんな身近な存在のおばちゃん…それが昭和の時代の生保レディでした。
余談ですが、保険のおばちゃんは、学研のおばちゃん、ヤクルトおばちゃんと並んで日本三大おばちゃんと呼ばれています。そのくらい生活に密着し、日本に定着した仕事…生保レディが「保険のおばちゃん」と呼ばれていた時代から仕事をしていた人と一緒に働いていましたが、いまよりノンビリしておいて、働きやすかったそうです。
日生のおばちゃんCMから50年近くが経過しました。この間に生保レディを取り巻く環境は大きく変化。平成の半ばころまでは、生保レディは企業に自由に出入りして、従業員に営業をしていました。昭和の時代は、設計書と一緒にお見合い写真を持って企業を回っていた人も沢山いたようです。中には会社の中に専用の席を持っている人もいたのだとか…。
平成半ばごろまでは専業主婦が多かったので、地域を回っても、家に主婦が沢山いました。保険を受け取るのは妻ですから、妻と仲良くなって、夫に保険に入ってもらう…そんな事も可能でした。
誰が向いているか分からない
時代は変わって令和の時代、職場には簡単に出入りできません。地域を回っても妻は家にいません。更には保険ショップ(乗合代理店)に外資系・他業種系生保と言ったライバルも増えました。不景気が長く続いて、若い人はお金がありません。生保レディが営業しずらい時代になりました。
それでもなお、むしろ、それだからこそ、漢字系生保は生保レディの積極採用を続けています。元号は昭和、平成、令和と変わり、21世紀になって20年以上経過…世の中も、保険業界をとりまく環境も大きく変わったのに、人数至上主義だけは変わらないのです。
その背景に生保レディは「誰が長続きするか分からない」というのがあります。
・明るくてコミュニケーション能力が高く、友人知人も沢山いるAさん(陽キャ、パリピ)
・ネガティブでコミュニケーション能力はゼロ、友人知人はゼロのBさん(陰キャ)
普通に考えれば生保レディとして長続きするのはAさんです。が、10年後、会社に残って活躍していたのはBさん…そんな事が珍しくないのです。
入社直後、活躍するのはAさんの事が多いです。友人知人に保険に入ってもらえますし、引き継いだ契約の中には見直しの時期を迎えた美味しい契約もあったりして、順調に契約がもらえるのです。が、友人知人をあたり尽くし、美味しい引き継ぎ契約もなくなった瞬間、低迷。良い時代を経験しているだけに、給料は減り、契約が取れないプレッシャーに耐える日々に耐えられず退職してしてしまうことも多いのです。
一方のBさんタイプ。友人知人を頼ることはできません。美味しい引き継ぎ契約も数がそんなにあるわけではなく、最初から苦しい日々が続きます。が、クビにならない程度は契約を取り、細々ながらもコツコツ仕事を続けていきます。最低賃金に毛の生えた程度の給与しかもらったことはないけれど、生活に困るわけでなし、他の仕事を探すのも大変だし…と辞めずに何年も在籍することも多いのです。長年仕事を続けていると、担当しているお客様の生活環境に変化が表れて、新契約につながったりすることも…。大活躍とはいかないまでも、細く長く続ける人がいるのです。
Aさんタイプ、Bさんタイプ以外にも色々な人が採用されます。一般常識に欠けていたり、社会人としてどうなの?というレベルの人まで採用されるのです。その中で5年後残っているのは7%くらい…残っているのは意外な人だったりします。いかにも営業に向いてそうなタイプに限って早期に退職してしまう傾向にもあります。なので、ザル採用を続けているのです。
一番の理由は生保レディになりたがる人は少ないので、ザル採用をせざるを得ない…だったりもします。生保レディの人数は支部長とか営業部長と呼ばれる管理職の評価に大きくかかわります。人数を増やせれば栄転、減らしてしまうと左遷。左遷は避けたいので、ザル採用…そんな事情もあったりします。
よほどのことがなければ採用されるので、フルタイムで仕事を探している人は挑戦してみるのも悪くないです。しかし、ある程度の覚悟は必要ですし、会社選びも重要です。
次回は「覚悟しておくべき事」「会社選びのポイント」について書きたいと思います。
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