先週からWEB広告の配信を開始しました。広告を見て来てくださった方々、当ホームページにお越しいただき、ありがとうございます。私は保険営業と言う仕事を一生の仕事と考えています。なりゆきで保険屋になった私ですが、いつの間にか この仕事が大好きになりました。大好きな仕事で、長く続けたいという思いが強いからこそ、1社専属代理店と国内生保を経て代理店に移籍したのです。今回は、なぜ私が保険営業という仕事を一生の仕事と思うようになったかを中心に記事にします。
まさかの営業職
私が保険屋になったきっかけ…それは偶然の重なりです。要するになりゆきです。
社会に出て24年になりますが、そのうち18年以上保険屋…残り6年は派遣社員なので、
保険屋以外の仕事は知らないに等しい…そんな私ですが、なりゆきで保険屋になりました。
1999年9月…新卒で入社した会社の経営不振により失業して3ヶ月が経過し、再就職先が決まらず私は焦っていました。そんな時にかかってきた1本の電話が私の人生を変えました。大手国内生保新宿支社の新卒専門営業部の採用担当者からの電話でした。
「働く女性へのアンケート」でしたが、実は会社説明会への勧誘電話。求職中だった私は、当然、会社説明会へと誘われました。会社説明会は実は選考の場で、当日中に内定をもらいました。早く再就職したかった私は、その場で入社を決めました。私にとっては「まさかの営業職」でした。
なぜなら、私は自他ともに認める営業には不向きの人間です。まず、極端に内向的。適性検査等を受けると「社交性ゼロ」という結果が出ます。その上、人に興味がなく、口下手…営業に向いている要素が全くないのです。なので、営業職に就くなんて夢にも思わずにいたのです。
意外と楽しかったけれど…
向かないと分かっているのに営業職に就いたのは、早く再就職したかったというのが一番の理由です。日本を代表する生命保険会社で営業職として経験を積めば、転職にも有利だろうという気持ちもありました。入社後2年間は保障給があるというのも大きかったです。しかしそれだけでは入社は決めませんでした。実際に働く予定の営業部を見学させてもらって、「働きたい」と思ったからこそ入社を決めたのです。「ここで長く勤務したい」とは思いませんでしたが…。
初めての保険営業は思った以上に楽しかったです。試験が多いのも良い刺激になりました。が、大手国内生保は1年半で退職しました。退職理由は色々ありますが、20代前半のうちに営業職以外の仕事に就きたかったというのが一番の理由です。
他の仕事はもっと向かなかった
2001年3月末で大手国内生保を退職。1年半ぶりに職探しを始めました。ブランクを開けたくなかったですし、自分に向いている仕事も分からなかったので、派遣会社に登録することにしました。
この時は保険営業に戻る気はありませんでした。
ところが、5年後の2006年5月。保険営業の世界に戻ります。「がん保険といえば」な外資系生保の専属代理店。訪問ではなく、電話営業中心の仕事という部分に惹かれて入社。契約社員だけれど正社員登用の道もあり、給料は固定給というのも魅力でした。
2度と戻るまいと思って去った保険営業の世界に戻った理由…それは他では全く使いものにならなかったから…。5年間はほぼ派遣社員でした。無職期間も1年ほどありました。この5年の間に3社に勤務。3社とも上手くいかなかったのです。一応、派遣期間満了又は自主退職となっていますが、実際はクビになったようなものです。
コミュニケーション能力に難ありで鈍くさいですが、勉強はそれなりにできました。特に文章は上手いとよく褒められました。なので、人と接しない仕事であれば人並みにできると自分を過大評価していました。が、実際にやってみるとケアレスミスが多かったり、スピードについていけなかったり…使い物にならなかったのです。そして、何故か会社のキーマン的な人物に酷く嫌われました。色々とイラついたのだと思います。
3つ目の会社を辞める直前に考えました。「私にできる仕事って何?」そして出た答えが保険営業でした。そんなこともあって、5年ぶりに保険営業の世界に戻ることになりました。
第1回はここまでです。2回目は1社専属代理店での様々な経験について書きます。
元生保レディの替え歌研究所
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